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広島地方裁判所 昭和46年(行ウ)35号 判決 1976年4月21日

原告

西本章文

外一〇七名

右訴訟代理人

外山佳昌

外四名

被告

広島営林署長

藤川順一

被告指定代理人

川井重男

外一〇名

主文

被告が昭和四六年八月七日付で原告らに対してなした原告らを減給する旨の各懲戒処分をいずれも取消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判<省略>

第二  当事者の主張<中略>

(請求原因)

一、原告らは、その任免権者である被告に定期作業員又は常用作業員として雇用され、広島営林署管内において国有林野事業に従事し、いずれも全林野労働組合(以下、全林野ともいう。)に加入し、同組合広島営林署分会に所属している。

二、被告は原告らに対し、昭和四六年八月七日付で「一月間処分当日における主たる職種の格付賃金に標準作業日数を乗じた額の一〇分の一を減給する」旨の懲戒処分をした。<中略>

(被告の認否及び主張)<中略>

二、原告ら(原告前重一、同藤田繁美を除く。)は、全林野の出勤時から半日のストライキ指令に基づき、昭和四六年四月二三日午前八時頃から広島県佐伯郡湯来町の神社境内に集合し、全林野大阪地方本部副執行委員長弘中保之の指導のもとに組合集会を行つた。被告は、広島営林署の管理官、庶務課長、事業課長、経営課長、労務係長を右集会場所に派遣し、勤務時間中の集会なので直ちに解散して職場へ復帰するよう再三にわたり被告名義による職務上の命令を発したが、右原告らは、これを無視して集会を継続し、その結果、右集会を解散して職場へ復帰するまでの間、次のとおり職務を放棄した。

1 原告西本章文 午前六時四五分から同一一時まで

2 原告栗原数市 午前六時一五分から同七時三〇分まで午前九時一五分から正午まで

3 原告川本武士 午前七時一九分から同八時まで

午前八時四一分から正午まで

4 原告鞍掛美知子 午前八時一五分から正午まで

5 その余の原告ら 午前八時から正午まで

三、原告前重一及び同藤田繁美は、前記組合の指令に従い、右集会に参加せずに自宅で待機し、午前八時から正午までの間職務を放棄した。<後略>

理由

一被告の本案前の抗弁について

原告らはいずれも昭和四六年一〇月四日に人事院に対し国公法九〇条一項の規定に基づき本件各懲戒処分につき不服申立をしたが、その後三ケ月を経過した昭和四七年一月四日に至つてもこれに対する裁決がなされなかつたことは当事者間に争いがなく、本件訴が昭和四六年一一月二九日に提起されたことは記録上明らかである。

そうすると、本件訴は不服申立をした日から三ケ月を経ないで提起されており、その時点では下適法であるが、その後不服申立をした日から三ケ月を経るまでに終局判決に至らなかつたのであるから、行政事件訴訟法八条二項の趣旨に照らし、右期間不遵守の瑕疵は治癒されたものと解すべきである。

よつて、被告の抗弁は採用できない。

二そこで本案について検討する。

1  請求原因一、二項の事実及び被告の主張二、三項の事実のうち、原告西本章文、同川本武士の職務放棄の時刻、時間の点を除く事実は当事者間に争いがない。<証拠>によれば、原告西本章文は水内製品事業所の生産手であると同時に同所のマイクロバス運転の業務をも兼ねていたものであるところ、本件はストライキ当日は、前日にマイクロバスの運転業務に従事するようにとの命令を受け、午前中の勤務時間は六時四五分から一一時までとされていたこと、また原告川本武士は梶木苗畑事業所の育苗手であると同時に同所のマイクロバス運転の業務をも兼ねていたものであるところ、本件ストライキ当日は、前日にマイクロバスの運転業務に従事するようにとの命令を受け、午前中の勤務時間は七時一九分から八時までと、八時四一分から一二時までとされていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。従つて、同原告らの職務放棄の時間は被告主張のとおりとなる。

2  <証拠>を総合すれば、原告らは被告に定期作業員若しくは常用作業員として雇用され、広島営林署管内における国有林野事業に従事する一般職の国家公務員であるが、いずれも行政機関の職員の定員に関する法律の適用を受けないいわゆる定員外職員であること、国有林野事業における雇用制度は昭和二六年三月に制定された営林局署労務者処遇規定を基本とするが、その後の公労法の適用に伴う林野庁と全林野との間の団体交渉の結果である数多くの覚書、確認事項があり、原告らは、現在では原則として、林野庁と全林野との間で昭和四四年四月に結ばれた四四林協第一一号「定員外職員の雇用区分、雇用基準および試用期間に関する覚書」に基づき処遇されていること、ところで、林野庁と全林野との間では日給制作業員の雇用安定と処遇の改善がかねてからの懸案事項となつていたところ、林野庁と全林野は、まず昭和四一年三月二五日に国有林経営の基本姿勢として直営直用を原則とし、これを積極的に拡大して雇用の安定を図り、通年化についても努力する旨の確認を行い、ついで同年六月三〇日に従来の取扱いを是正して基幹要員の臨時的雇用制度を抜本的に改める方向で雇用の安定を図り、この基本的姿勢に立ち、さしあたりの措置としては生産事業の通年化による通年雇用の実現、事業実施期間の拡大あるいは各種事業の組合せによる雇用期間の延長などによつて雇用の安定を図る旨の確認を行い、以上は二確認と称され、以後日給制作業員の雇用安定と処遇の改善について、その具体的実現をめぐり幾多の交渉、確認が行われたこと、そして、一定期間を限つて雇用されていたもののうちで常時雇用されるものとされた者は、昭和四二年度に二三七名、同四三年度に九〇八名、同四四年度には六四二〇名、同四五年度には二一九〇名であつたが、その時点でいまだ二万名近い定期作業員を残していたこと、また、林野庁は、臨時雇用制度の改善につき昭和四三年一二月に、基幹要員については通年雇用に改め、常勤性を付与し常勤性にふさわしい処遇に改めるという方針を明らかにしたものの、その具体的実現は容易にされず、昭和四五年七月一七日に試案という形でその概要が示されたが、右提案は全林野の反対により同年一二月の団体交渉において再検討することが約され、その後昭和四六年三月に至つてもこの問題につき進展はなかつたこと、全林野は、昭和四六年春闘において、賃上げ要求とは別に作業員の全員の常用化、常勤性の付与を要求して、当初三月二六日にストライキを予定して林野庁との団体交渉に臨んだが、同月二三日の衆議院内閣委員会、同農林水産委員会においてこの問題が取り上げられ、また同月二五日の同農林水産委員会の審議の過程で、四月に開かれる同委員会で常勤性の問題につき政府の統一見解が示されるように同委員会委員長の申入れがされることとなり、同時に、右委員会において国有林事業の健全な発展を期するため、基幹労働者については常勤職員の雇用条件との均衡を考慮しつつ処遇の改善に特段の措置を講ずべき旨の内容を含む林業振興に関する決議がなされ、林野庁長官も、全林野との交渉において、四月中旬を目途に早期に結論を得るように最大限努力する旨表明したこと、全林野は、右事情を勘案して、三月二六日に予定したストライキを四月二三日に延期することとし、三月二六日午前二時二五分に右ストライキの中止指令を出したこと、政府は、四月一三日の右農林水産委員会において、常勤性付与の問題につき「国有林野事業の基幹的な作業員はその雇用及び勤務の態様からすれば、長期の継続勤務となつていること等、常勤の職員に類以している面があるものと思料されます。しかしながら、これらの基幹的な作業員を制度的に常勤の職員とすることについては、国家公務員の体系にかかわるなかなか困難な問題であるので、慎重に検討してまいりたいと存じます。」との見解を表明したこと、全林野は、これを受けて当局が常勤性確立の具体化について早期に検討すべきことを要求して林野庁に対し「(1)基本的にはあくまで常勤職員として制度化すること。このため林野庁は政府としての結論を早急に出させるよう強力に推進すること。(2)これと並行し処遇改善を直ちに行うこと。その内容は(ⅰ)現行の雇用区分、雇用基準は変更しないこと。(ⅱ)常用作業員の処遇について、当局の四五年七月提案のセレクトは絶対容認できない。基準内賃金は一応除外して常勤職員と同様とすること。ただし、四六年度の実施については、この原則の上に別途協議により具体化する。(ⅲ)定期作業員については、常用作業員に準じて改善をはかること。(ⅳ)出来高払制については廃止し、常勤制度にふさわしい賃金制度を確立するため特別の専門委員会を設け、出来高の廃止の可否、方向、問題点などを含めて検討すること。(3)常用化促進の具体的計画について早急に組合に提示すること。」との要求を提示したこと、林野庁は、右要求に対し、「(1)基幹的な作業員の勤務形態の取扱いについては、常勤職員としての制度化はなかなか困難な問題であるが、政府としての結論を得るよう林野庁としても引続き努力する。(2)基幹作業員制度は引続き検討するが、当面現行雇用区分を変える考えはない。(3)常用作業員の処遇を常勤職員と同様にすることについては、現段階では早急に将来の目標の明示は困難だが、政府統一見解とも関連して真剣に検討する。(4)定期作業員についても常用作業員との関連でさらに検討する。(5)出来高払制は林業労務の特殊性から合理的な賃金支払形態と考えており、廃止する考えはないが、出来高給の現状に鑑み内容について協議する。(6)今後の常用化については八月段階の全体業務計画作成の際説明する。」との回答をしたこと、全林野は右回答に対し具体的な目標を提示すべきであるとして林野庁との交渉を重ねたが、林野庁は、政府部内の折衝等もあるからとして右回答から譲らず、結局全林野は、四月二一日全国七二の拠点分会のストライキ委員会に対しストライキ指令を出し、拠点の一つであつた広島営林署分会においても右指令に基づき本件ストライきが行われたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

3  そこで、本件各懲戒処分の事由である本件ストライキの適否について検討する。

公労法一七条一項は「職員及び組合は、公共企業体等に対して同盟罷業、怠業その他業務の正常な運営を阻害する一切の行為をすることができない。又職員並びに組合の組合員及び役員は、このような禁止された行為を共謀し、そそのかし若しくはあおつてはならない。」と規定し、その文言上はいやしくも争議行為といいうるものをすべて禁止している。

ところで、憲法二八条は「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利はこれを保障する。」と規定し、いわゆる労働基本権を保障している。これは、憲法二五条において保障したいわゆる生存権の実質化のため、憲法二七条による勤労の権利及び勤労条件の保障とともに、経済上劣位に立つ勤労者に対して実質的な自由と平等とを確保するための手段を保障しようとするものである。そしてこの労働基本権は、私企業に勤務する者についてのみ保障されたものではなく、国若しくは公共団体等に勤務する者も勤労者に他ならないから、原則的にこの保障を受けるべきものである

しかしながら、いかなる基本的人権といえども他の基本的人権との関係でなんらかの合理的制約を受けることがあるのはいうまでもなく、労働基本権といえどもこの例にもれない。そして労働基本権は、右述のとおりいわゆる手段的権利であるといえるが、他にこれに替わりうる方法があるとしても、憲法が勤労条件等の決定等に関しては当事者の自主的交渉に委ね、その実を確保するため労働基本権を保障することがもつとも合理的であるという原則的態度をとつている以上、特段の社会的条件の変化のないかぎり、これをもつて労働基本権に代置しうるものではない。公共企業体等の職員の行う職務又は業務は、一般的に国民全体の共同利益に密接な関連を有し、争議行為によつて公務の円滑な遂行に支障がもたらされ、これによる業務の停廃が国民全体の共同利益を害するおそれがあることは疑いがない。もつとも、公共企業体等の業務といえどもその性質、内容において公共性の強弱があり、職員の職務ないし業務についても種々の差異があり、また争議行為にしてもその規模、態様等において種々のものがありうるから、争議行為により国民全体の共同利益に及ぼすないしは及ぼすおそれのある影響も大小様々である。してみると公共企業体等に従事する職員の行う争議行為は必ずしもこれを一律全面的に規制する必要のないものと考えられる。また、公労法一八条は「前条の規定に違反した職員は解雇されるものとする。」と規定し、同法一七条による禁止に違反した職員を公共企業体等から排除しうることとし、これをもつて争議行為がなされないようにするための担保としているが、解雇は勤労者にとつて極めて重大な結果を招来するものであるから、右に述べたとおり、当該争議行為によつて国民全体の共同利益に及ぼす影響が僅少にすぎない場合にまで解雇しうるとすると、憲法二八条が勤労者に労働基本権を保障した趣旨に鑑み、極めて不合理なことといわなければならない。そうすると、結局公労法一七条一項は、同法一八条と相俟ち、これを制限的に解釈すべく具体的な行為が禁止の対象たる争議行為に該当するかどうかを争議行為を禁止することによつて保護される法益と労働基本権を尊重し保障することによつて実現される法益との比較較量により両者の要請を適切に調整する見地から判断すべきものと考えられる。なお、いわゆる代償措置は、労働基本権が合理的制約に服さざるを得ない場合に、これを設けることは労働基本権を保障した憲法の趣旨を押し進めるものではあつても、これを設けない以上右制約が憲法上許されないものとなるというものではなく、右制約は、代償措置の有無にかかわらず憲法上許容されるものと考えられる。

以下右立場から本件争議行為について検討する。

<証拠>を総合すれば、森林は、木材を中心とする林産物の供給源となるいわゆる経済的機能と、その存在自体によつて果たされるものである国土の保全、水源のかん養、国民の保健休養、動植物その他の自然保護などのいわゆる公益的機能を有しているところ、林野庁は国土総面積の約二一パーセント、わが国森林面積の約三一パーセントにあたる約七八五万ヘクタールの林野を所管し、森林法四条一項の全国森林計画に即して策定された経営基本計画に基づき、木材の収穫、販売事業、製品生産事業、造林事業、種苗事業、林道事業、治山事業等を行い、右森林機能の維持、増進を図り、国民生活に寄与していること、わが国森林の約三分の二を占める民有林野は、五ヘクタール以下の所有者が九〇パーセントを占める零細経営を特徴とし、一般にその生産力は低く、一ヘクタールあたりの森林蓄積は、国有林が一〇八立方メートルであるのに対し七一立方メートルであり、また、昭和四六年当時、国有林野の蓄積がわが国森林蓄積の約40.7パーセントを占めるに至つていること、昭和四六年におけるわが国の木材総供給量は一億三七三万立方メートルで、そのうち国産材が四七六七万立方メートル、外材が五六〇六万立方メートルを占め、わが国の外材への依存度は約五五パーセントであり、また国産材の用途別供給量は製材用二六三三万立方メートル、パルプ用六〇二万立方メートル、木材チツプ用九九一万立方メートル、合板八六万立方メートル、薪炭材一七一万立方メートルであるところ、国有林野事業によつて生産される木材は、国内総生産量の約二九パーセント、木材総供給量の約14.4パーセントを占めること、なお、国有林野事業においては、年間に生産する木材のうち六〇パーセント程度を立木販売という方法で処分していること、また林野庁は、毎年民有保安林の買入れを行い、昭和四五年度においては七四六五ヘクタールを買入れ、水源のかん養、土砂流出防備等の機能の維持を図つていること、さらに治山事業のために昭和四五年度において約四億五〇〇〇万円を支出してこれにあたり、また延二万六〇〇〇キロメートルに及ぶ林道の新設、改良、修繕を行い、これに要した経費は二一三億円にのぼるが、具体的な工事の施行の多くは民間業者の下請に依存していること、国有林野の中で人工造林の占める割合は約22.8パーセントであり、苗木の植付けには苗木の生理、気象条件、労働条件からくる適期があり、なかでも苗木の生理面からくる制約は重要なものであり、一般には初春又は晩秋の植物が生活活動を休止している時期あるいはこれに近接した時期に行うのが安全であり、また苗木の生長を促進するために行う下刈りは概ね六月下旬から七月上旬の一ケ月内外の時期に限られるところ、右造林主要事業においてもその五〇パーセント以上は民間業者の下請に委存し、また右適期に相当する時期よりかなりはずれて行われているのが現実であること、原告らを含む本件ストライキ参加者は、本件ストライキ当時、生産手、機械運転手、特殊自動車等運転手、林道工手、土木手、造林手、機械造林手、育苗手、一般作業手、計測手、炊事手、事務員等の職種に属し、その職務内容は生産手については立木の伐倒、枝払、玉切、伐倒木の集材、機械運転手、特殊自動車運転手については集材機、揚重機、トラクター等の運転等林道工手については自動車道等の維持修理等、土木手については土砂の切取、盛土、砂利の運搬等、造林手については苗木の植付、下刈、枝打等、機械造林手については刈払機、自動鋸等による造林作業等、育苗手については苗畑の維持改善種子のまき付、苗木の育成等、一般作業手については特定の職務に分類されない作業現場の作業、計測手については林産物の検知又は作業量に関する計測、炊事手については炊さん、給食等の作業、事務員については事務、製図、浄書、電話の交換等であつて、大半山間部の現場で行われる末端の作業であることが認められ、右認定に反する証拠はない。

以上認定の事実によつてみるに、国有林野事業は公共性が強く、その業務の停廃の仕方如何によつては国民全体の共同利益になんらかの影響の及ぶおそれがあることは否定できないが、森林を対象としそのいわゆる公益的機能はもとよりのこと経済的機能にしても直接的に国民生活に結びついているものではなく、その関係はいわば間接的であること、業務の多くを民間業者の委託に委ねている等の経営の実態、本件ストライキ参加者の職種、職務内容、本件ストライキの行われた時期、その規模、態様等を合せ考えるときは、本件程度のストライキによりこれを禁止してまで阻止しなければならないほどの影響が国民全体の共同利益に及ぶものとは考えがたく、この程度の争議行為をも公労法一七条一項が禁止しているものとは解しがたい。そうすると、原告らの本件ストライキが公労法一七条一項の禁止する争議行為に該当する違法な行為であることを前提としてなされた本件各懲戒処分は、その根拠を欠き、処分理由なくしてなされた違法があるというほかない。

三以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく、被告が原告らに対してなした本件各懲戒処分は違法であり、原告らの本件各請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(五十部一夫 若林昌子 上原茂行)

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